宗教もしもし相談室
宗教に関する各種の疑問やトラブルに対する電話相談室です。

Headline No.85

第5回新生復興祈念集会―新宗連

―東日本大震災現地の声聞き 学びと祈り―陸前高田、釜石で開催

18.05.16-17/第5回新生復興祈念集会/武藤@陸前高田黙祷.JPG

 新日本宗教団体連合会(新宗連、保積秀胤理事長)は5月16、17日、東日本大震災の被災地である岩手県の陸前高田と釜石の2市で「第5回新生復興祈念集会」を開催した。新宗連は2014(平成26)年から毎年、同集会を催し、福島、兵庫、新潟、熊本の各県で震災による犠牲者の慰霊と被災地の復興祈願を行ってきた。

 16日午後、花巻市のホテルで開会式を挙行。主催者あいさつに立った保積秀胤理事長(大和教団教主)は2011(平成23)年3月11日の東日本大震災から7年という歳月を経てもなお、苦しんでいる人がいることに触れ、「私たち宗教者は、このような方々の存在を心に留め、犠牲となられた大勢の方のことを決して忘れることなく、祈りを捧げ続けていきたい」と話した。
 この後、新宗連企画委員会委員長の田澤清喜理事(松緑神道大和山教主)があいさつ。岩手県は震災の被害が大きかったにもかかわらず、福島、宮城に比べ、「忘れられたような存在」であったと指摘し、岩手県での集会開催の経緯と意義を説明した。
 開会式後、一行は陸前高田市に向かい、「奇跡の一本松」を見学後、同市で犠牲者の追悼と被災地の復興祈願を行った。
 続いて、陸前高田市の米沢商会社長の米沢祐一氏が被災体験を発表。米沢氏は震災時、救助されてからは毎日遺体安置所で両親と弟の遺体を探す日々を続け、3月末に両親が、6月には弟の遺体が1`b以上も離れた場所で見つかったことを話した。最後に「3年後にまた来て、変わり行く陸前高田の見届け人になってほしい」と参列者に呼びかけた。
 この後、企画委員会副委員長の力久道臣理事(善隣教教主)があいさつ。2016(平成28)年の熊本地震以降、東日本大震災のことを忘れがちになっていたことを吐露し、「もう一度忘れないように」と誓い、「自然に感謝しながら、互いに手を合わせ、いのちを尊ぶ世界をつくっていきます」と決意を新たにした。

釜石市で学習会―行政、宗教者の取り組みで発題

 17日午前、釜石市の根浜海岸で犠牲者追悼と被災地の復興祈願を行った。釜石市民ホールで学習会を開催。釜石市の野田武則市長があいさつ。「平成30年中に復興の完遂を目指す」と話し、これまでの復興への活動や地域活性化の努力について説明。また、宗教者による「心の復興」への協力を期待し、今後の継続的な支援と協力を呼びかけた。
 続いて、釜石市社会福祉協議会課長の菊池亮氏と新宗連岩手県協議会前副議長の小林克州氏(立正佼成会前釜石教会長)が発題。
 菊池氏は社会福祉協議会が開設した災害ボランティアセンターでは、@被災者目線A地元主体B連携・共同―を大切にしていると説明。特にBについては、震災後は「想定されていないさまざまな活動が求められる」とし、多様な団体との連携が重要であると語った。
 小林氏は立正佼成会釜石教会長として携わった支援活動について報告。震災当時の自身の心境を語り、教会を避難所として登録し、地域の道場を開放するなど、地域の人々にも「ここに行けば安心」と思われるような存在になれるように努めてきたと、具体的な被災者とのエピソードを交えながら語った。

石倉恒男師が逝去―大慧會教団会長・新宗連元常任理事

教団の教勢拡大と会員育成、平和活動に尽力

 大慧會教団会長で新宗連元常任理事の石倉恒男(いしくら・つねお)師が5月10日午前8時8分、逝去した。享年91歳。
 葬儀・告別式は5月14日午前11時から、大阪府堺市東区大美野142の14の大慧會教団本殿で執り行われた。喪主は同教団次代会長の石倉寿一(いしくら・としかず)氏。
 1928(昭和3)年、大阪市港区生れ。88(同63)年、大慧會教団二代会長に就任。開祖の石倉保助師・石倉マツヱ師の開教の精神を受け継ぎ、93(平成5)年には開教40周年を記念し新本部講堂を建立したほか、全国各地に道場を開堂するなど教勢拡大、会員育成に尽力した。また、広島や長崎の原爆犠牲者慰霊祭をはじめ、「島原の乱犠牲者慰霊祭」(長崎県南島原市)、「全国空爆犠牲者慰霊祭」(姫路市)など各地で慰霊祭を催し、先祖供養の実践、世界平和を訴えた。
 新宗連では、1987(昭和62)年から17年間にわたり常任理事を、93(平成5)年から7年間、近畿総支部会長を務めた。また新宗連青年会の東南アジア青年平和使節団(1974年)に参加し、青年による平和活動の展開に努めた。

清水雅人師 逝去

新宗教新聞元編集長・新宗連青年会元事務局長

 新宗教新聞元編集長で、新日本宗教青年会連盟(新宗連青年会)元事務局長、宗教ジャーリストの清水雅人(しみず・まさと)師が5月19日午前11時45分、大動脈解離(かいり)のため、逝去した。享年83歳。葬儀は遺族により「家族葬」として営む。
 1936(昭和11)年生れ。58年(同33)年、新宗連事務局に入局。61(同36)年から新宗連青年会初代事務局長、63(同38)年からは「新宗教新聞」編集長などを歴任した。78(同53)年、新宗連退職後はジャーナリズム界で企画・執筆活動を続ける一方、新宗連及び新宗連青年会の学習会講師なども務めた。政教分離の侵害を監視する全国会議(政教分離の会)常任幹事。

2018/5/31

ページの先頭へ