
13日は、仙台市にある大和教団本庁を参拝した後、結団式を行った。
14日は午前7時に出発し、福島県南相馬市にある大和教団相双分祠に向かった。同市は津波の被害に加え、一部が東京電力福島第一原子力発電所事故により炉心から半径20?圏内にあたり、住民に避難指示が出ている。炉心から22?にある相双分祠で慰霊祭を執り行った。「追悼祈願文」奉読、黙祷に続いて、献水、献香、献花を行い、教団別礼拝を行った。
この後、半径20?の検問付近まで移動。炉心の方向に向かい、原発の早期収束を願って全員で黙祷。さらに同市原町区付近の海岸に移動した。海岸一帯は、すべて津波に流され壊滅状態。現在は、がれきなどはほとんど撤去されており、あたりを雑草が覆い尽くしていた。砂浜に祭壇を設置し、慰霊供養を行った。最後に、一人ひとり祈りを込めて、海に花を手向けた。
宮城県岩沼市では、仙台空港付近にある、奇跡的に残った祠の前で、さらに大和教団の行事「禊祭」で「海之神事」を執り行っていた宮城県七ケ浜町菖蒲田海岸でも慰霊祭を行った。
15日は宮城県女川町へ。大和教団の木村義雄女川大國講講長と女川港で合流し、慰霊祭を行った。木村講長の法螺貝の音を合図に開式し、木村講長があいさつ。大震災の体験とともに、祈りの大切さをあらためて感じたことなどを語った。教団ごとに順次、礼拝を行った。
同県南三陸町では防災対策庁舎前で慰霊祭を行った。防災無線で避難を呼びかけ続けた町職員らを含め、多くの人々が犠牲となった。無残な鉄骨だけが残る庁舎前には、千羽鶴や菓子、飲み物などが供えられていた。その後、津波と火災に襲われた同県気仙沼市で、建物が残った大和教団気仙沼教会を訪れ、祈りを捧げた。
岩手県陸前高田市を経て、1階が津波に流されたものの、2階の神殿が無事に残った同県釜石市の松緑神道大和山釜石道場を訪問。教団別礼拝により慰霊祭を行った。松緑神道大和山の及川清釜石支部長から、津波が音も立てずに静かに押し寄せてきたため、気づくのが遅く、慌てて避難したことなど、大震災当日の様子を聞いた。
最後の慰霊祭は、関貴広松緑神道大和山大槌支部長の案内で、同県大槌町を見渡す高台で執り行った。
この後、関支部長の自宅があった場所を訪れた。「助けてくれ」という声が、がれきの中から聞こえてくるなど、震災直後の人々の様子を聞き、震災の恐ろしさ、悲しさ、苦しさを、一行はあらためてかみしめた。
16日は新宗連主催の「東日本大震災犠牲者慰霊並びに復興祈願祭」に参列した。
2011/9/20
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