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Headline No.168 第42回庭野平和賞贈呈式―イスラームに根ざしたジェンダー平等の国際運動「ムサーワー」に贈呈

 差別のない公正な社会の実現、女性の人権擁護活動を評価
 庭野平和財団(庭野日鑛名誉会長、庭野浩士理事長)は5月14日、東京都港区の国際文化会館で「第42回庭野平和賞贈呈式」を開催した。今回の受賞団体はイスラームの教えをもとに男女平等や人権保護の啓発を国際的に展開する運動体「ムサーワー(Musawah)」。
 贈呈式では庭野平和賞委員会のムハンマド・シャフィーク委員長(米国、ナザレス大学諸宗教研究対話センター所長)が贈呈理由を報告。ムサーワーが信仰および諸宗教に共通する価値観をもとに差別のない公正な社会の実現を目指し、女性たちが主体となって女性の人権擁護活動を推進してきた点を高く評価。これまでに世界の4地域、計40カ国の数百人にのぼる活動家、研究者、政策立案者を対象に、ジェンダー平等と公平性に関する研修プログラムを実施してきた実績も紹介された。
 現在ムサーワーはジェンダー平等、人権尊重、平和共存に関する知見を深めるためのワークショップやグローバルな教育機関の設立を目指しており、こうした取り組みにより、「女性が社会、法律、精神の分野において活動を牽引する機運を醸成した」として、宗教間対話や人権尊重、平和共存の分野における女性のリーダーシップ強化に対して顕著な貢献してきたことを称えた。
NPF授賞式
 贈呈式では、ムサーワーの共同創立者で理事長のザイナ・アンワール氏と共同創立者のジーバ・ミル=ホセイニ氏の2人に、庭野日鑛名誉会長より賞状と顕彰メダル、賞金2000万円(目録)が贈られた(写真)。
 この後、庭野名誉会長が登壇し、宗教の本質や家庭における女性の役割について語った。「花の美しさに序列はない。人間を点数で評価するのはやめよう」との言葉を紹介し、「いのちの尊さに優劣はない」と強調。宗教とは、生きとし生けるものの尊厳を説き、競争や比較を超えた「安心の世界」を示すものと説いた。
 また、女性が家族の精神的支柱として果たす日々の営みを「人間としての大事業」と表現した上で、東洋哲学の泰斗、安岡正篤氏の「世に母の徳ほど尊く懐かしいものはあるまい」との言葉を引き、母性に宿る無私の精神の崇高さを強調した。
 さらに、「愛(かな)し」の語源に触れつつ、「悲しむということは、人間の情緒の最も尊い働きの一つ」とし、他者や社会の苦しみに共感する心こそが、真の文明に至る道と説示。生産性や合理性が重んじられる現代社会において、女性が持つ「優しさ」「温かさ」「思いやり」「分かち合い」の精神は、調和ある社会を築く鍵と述べ、ムサーワーの活動に対して深い敬意を表した。
 阿部俊子・文部科学大臣(代読)と石倉寿一・日本宗教連盟理事長の祝辞に続いて、受賞者による記念講演が行われた。
 登壇したザイナ・アンワール氏はイスラームに根ざした女性の権利運動の意義と展望について語った。
 まず2009(平成21)年に創設された国際ネットワーク「ムサーワー」の活動を紹介。同団体はイスラーム内部から差別的な法や慣習に異議を唱え、平等と正義に基づいた新たな法解釈を提示してきたと説明した。加えて、「神の掟」の名の下に女性の権利が否定されている現状を厳しく批判し、宗教の誤用を指摘することは信仰者としての権利と主張。イスラームの教義解釈は本来、多様性を内包すべきものとした上で伝統的知見に立脚しつつも、平等と正義に根ざした再解釈を通じて、女性の権利実現のための知的基盤の構築を目指していると訴えた。
 現在、ムサーワーは「独占的な宗教解釈への対抗」「法制度改革の促進」「人権に基づく知の普及」「批判的思考を持つ人材の育成」という四本柱を軸に活動を展開しており、宗教と女性の権利は対立しないとの見解を示した。
 また、2020(令和2)に発足した「ムスリム家族法における正義を求めるキャンペーン(CFJ)」では、国連機関と連携して家族法改革に取り組んでおり、今回の賞金については、今後の研修活動や情報発信体制の強化に活用していく意向を明らかにした。

 庭野平和賞公開シンポー宗教からジェンダー平等を問い直す  
 ムサーワー恊働創設者が記念講演
 
 庭野平和財団は5月17日午後、東京都杉並区のセレニティホールで「庭野平和賞公開シンポジウム2025」を開催した。今回のテーマは「宗教はジェンダーバイアス克服になにができるか〜内発的変革の可能性」。
 第1部では、ムサーワー共同創設者のジーバ・ミル=ホセイニ氏が基調講演を行った。ホセイニ氏はイスラームの根幹にある「正義」の理念と、現実の家族法における女性差別との乖離に気づいた自身の体験を語り、それが活動の出発点だったと述懐。
 ムサーワーはイスラーム法における「シャリーア(神聖な倫理的価値)」と「フィクフ(人間による法解釈)」の違いに着目し、女性差別の根源はフィクフにあると主張。特に家族法に根深く残る差別構造を指摘し、倫理的かつ内発的な改革の必要性を訴えた。
あわせて「クルアーンは人間の尊厳と平等を明確に認めている」と述べ、家父長制的価値観に依拠した伝統的フィクフの再検討こそが、信仰と正義の両立に不可欠と強調した。
 さらに宗教的枠組みにおける具体的な変化の事例も紹介。モロッコでは男女平等を明記した家族法改革が進行し、インドネシアでは女性の宗教学者(ウラマー)が児童婚に反対する宗教的見解を公表するなど、従来の男性中心だった宗教解釈の場に、女性が主体的に関与する動きが広がっていると明かした。
 加えて、「変化はすでに始まっている」とし、各地で女性たちが内発的変革を主導する姿勢が芽生えている現状を紹介した。
 最後に、アフガニスタンにおいて女性や少女の教育・移動の自由をはじめとした基本的人権が否定されている現状に言及し、「これはイスラームの名を借りた抑圧であり、真の信仰とは相容れない」と断じた。その上で「いま求められているのは、宗教的・倫理的価値を内側から再構築する勇気と想像力」と訴えた。
NPFシンポ
 第2部ではパネルディスカッションが行われ、ムサーワー理事長のザイナ・アンワール氏、ジーバ・ミル=ホセイニ氏、世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会理事長の戸松義晴氏、同委員会女性部会副部会長の河田尚子氏、アジア学院理事長で日本YWCA同盟会長の山本俊正氏が登壇。ファシリテーターは清泉女子大学キリスト教文化研究所の松井ケテイ氏が務めた(写真)。
 「ムサーワーの受賞をどう受け止めるか」という問いに対し、戸松氏は「イスラーム圏における厳格なジェンダー規範のもとで、伝統的価値観を内側から再解釈し、正義の実現を目指す姿勢に深い感銘を受けた」と述べた。また、宗教界が他分野の専門家と連携する必要性にも触れ、「法律や経済、政治の専門家と協働せねば、社会全体は変わらない」と指摘した。
 アンワール氏はイスラームにおける改革の困難さについて語り、「神の名のもとに語られる法に異議を唱えることは、信仰への反逆と受け取られかねない。だからこそ、女性たちは長く沈黙を強いられてきた。しかし、声を上げなければ平等は実現しない」と訴えた。
 「日本における宗教的価値観と法的現実のギャップ」についての質問には、登壇者それぞれが自身の宗教的背景に即して見解を述べた。
 仏教の立場から発言した戸松氏は、仏教は平等を説く教義を持つが、現実には歴史的・社会的価値観が入り込み、女性が男性に生まれ変わらなければ極楽浄土に往生できないという解釈が存在すると明かし、教義と実態の乖離に言及した。また、「女性僧侶の数は増えているが、意思決定の場に女性は少ない」とし、宗教内部における構造的課題を指摘した。
 一方、山本氏は、国家体制の違いが宗教的価値と法制度に与える影響を強調。「日本では特定宗教が法制度に直接影響を与えているわけではないが、家父長制的文化や性別役割分業の慣習は根強く残っている」と述べた。また、世界経済フォーラムによるジェンダー・ギャップ指数(2024年)において、日本が118位にとどまる一方で、イスラーム国家であるバングラデシュが50位に位置していることを挙げ、「イスラーム社会が必ずしも遅れを取っているとは限らない」と語った。
 さらにキリスト教においても、聖書には男女間の不均衡を助長する要素がある一方で、「すべての人間は神の似姿につくられた」という価値感が平等の根幹にあると指摘。「伝統的な家族制度の見直しや、ケア労働に対する正当な評価こそが、今後の社会変革の鍵となる」と結んだ。





2025/5/19

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